株式会社岡本健デザイン事務所
タイトルロゴ:かねこあみ 編集:堀合俊博(JDN)

公開日:2020/05/07

働き方インタビュー

【HOW WE WORK REMOTELY vol.2】岡本健デザイン事務所

株式会社岡本健デザイン事務所

コワーキングスペースやシェアオフィスの普及、時差出勤・フレックス制度といった働く時間の変化、さらには働き方改革による副業の解禁など、ここ数年で働き方に関するさまざまな議論が進んできました。そんな中、COVID-19の感染拡大によって急速なリモートワークの普及が進み、2020年はこれからの働き方について考えていく上で大きな区切りの年となりそうです。

デザイン・クリエイティブに関わるさまざまな方の「リモートワーク」の実践例をご紹介する「HOW WE WORK REMOTELY」。今回は、岡本健デザイン事務所のみなさんにお話をお聞きしました。伊勢丹包装紙のリニューアルや、「SHIBUYA QWS」のビジュアルシステムやサインデザインなど、幅広い制作を手がける同事務所は、2月中旬から在宅勤務に切り替えて日々の仕事に取り組んでいます。代表の岡本健さんをはじめとする6名のデザイナーに、日々のリモートワークついてお答えいただきました。

Q.リモートワークはいつから実践していますか?

岡本健さん:2月の中旬からリモートワークをスタートさせたので、世の中的には私含めスタッフ全員が在宅勤務になりましたが、打ち合わせの予定がある場合や、紙の選定や色校正など、フィジカルな確認のある場合は事務所に訪れるようにしていました。その際も通勤時間をズラしたり、自転車や徒歩で通勤したりと過密な環境を避けていました。

<strong>岡本健</strong> グラフィックデザイナー 1983年、群馬県太田市生まれ。千葉大学文学部行動科学科にて心理学を専攻、研究の一環で調べたグラフィックデザインに興味を持ち、方向転換。卒業後、数社のデザイン事務所にて実務経験を積み、株式会社ヴォル、株式会社佐藤卓デザイン事務所を経て2013年に独立。2016年〜2019年多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師、2019年よりグッドデザイン賞審査員を兼務。

岡本健 グラフィックデザイナー 1983年、群馬県太田市生まれ。千葉大学文学部行動科学科にて心理学を専攻、研究の一環で調べたグラフィックデザインに興味を持ち、方向転換。卒業後、数社のデザイン事務所にて実務経験を積み、株式会社ヴォル、株式会社佐藤卓デザイン事務所を経て2013年に独立。2016年〜2019年多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師、2019年よりグッドデザイン賞審査員を兼務。

緊急事態宣言が出てからは、いよいよ事務所のPCを各スタッフ宅へ届け、完全在宅勤務となり今にいたります。元々弊社は副業OKとしているため、各自の自宅にある程度の作業環境が整っていたこともあり、比較的スムーズにリモートワークへ移行できたのかもしれません。

Q.リモートワークのメリットは何だと思いますか?

紺野達也さん:大きく分けて、「時間の使い方」と「意識の持ち方」に関して2つのメリットがあるのではと感じはじめています。まず時間の使い方に関しては、片道約50分の通勤時間を有効的に利用できていることが大きく、在宅勤務以前では家を出ていた時間から始業したり、本を読むなどインプットの時間に充てています。もちろん帰宅に掛かる時間もないので、合わせて約2時間弱の有効利用です。

尚、現在家族そろって在宅のため、仕事をする時間と子どもと過ごす時間の2軸を持たなければならないこともあり、出社していた時より時間配分を意識し、メリハリをつけて作業に取り組めています(取り組まなければならない状況とも言えます)。3度の食事や日用品の買い物など多くの時間を家族と過ごしているので、今までよりも家族時間が圧倒的に長く濃くなりました。なのでこの点もメリットのひとつと言えるかもしれません。

<strong>紺野達也</strong> グラフィックデザイナー 1988年、神奈川県生まれ。 桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。

紺野達也 グラフィックデザイナー 1988年、神奈川県生まれ。 桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。

次に「意識の持ち方」に関しては、出社していた頃は、案件ごとに担当同士で気兼ねなく相談や意見交換をしていましたが、「Zoom」などのコミュニケーションツールはあるとはいえ、リモートワークとなると気軽には話しかけられません。なので、自分の中でもう一度考えを見つめ直したり、深められたり、整理することが増えたように感じます。それによって、より一層担当案件に自分事として向き合えているのではないかと思います。

とは言っても、同じような問いに向き合っている仲間が近くにいないことは、モチベーション維持の面からしても、リモート開始から1ヶ月経った頃から、少し不都合にも感じはじめているというのが率直な意見です。

Q.逆に、リモートワークのデメリットは何だと思いますか?

宮野祐さん:大きなデメリットは、やはりプライベートと仕事の境目がつくりにくいことだと思います。仕事の時間に集中するために今までは自宅での過ごし方と職場での過ごし方を大きく分けていた方もいるかと思いますが、リモートではなかなか2つの時間を切り分けるのが難しいです。

特にひとり暮らしの場合などは、コミュニケーションを取ることがほとんどなくなるので、精神的にも不安定になります。そのため何ヶ月もリモートが続く場合はどうしてもだれてしまったり、仕事に集中できなかったり、逆に仕事をやりすぎてしまったり、2つのバランスが崩れがちです。特に家では仕事以外のやりたいことがたくさんありますし、普段くつろぐ場所として環境が整っていたりするので、仕事への集中力削がれやすいです。これを改善するためにも仕事とプライベートの時間の棲み分けを決めたり、ルーティンをつくってメリハリをつけたり、または業務用の部屋とプライベートの部屋を分けるなど、対策が必要になるかと思います。

<strong>宮野祐</strong> グラフィックデザイナー 1996年、東京都生まれ。多摩美術大学統合デザイン学科卒。

宮野祐 グラフィックデザイナー 1996年、東京都生まれ。多摩美術大学統合デザイン学科卒。

もうひとつ、大きなデメリットを挙げるとすると、お客さんとのコミュニケーションの問題も大きな点です。今ではZoomやさまざまなSNSの普及によって、リモート会議の環境は整いつつありますが、現実での会話とは違い、距離の概念がなかったり、ジェスチャーが見えづらかったり、話に割って入るのが難しいなど、できないことも多くなります。また、会議が終わった後にちょっとした雑談をすることなど、現状のコミュニケーションにあった「ノイズ」などはどうしても省かれてしまいます。そうしたノイズから新しい企画が生まれたり、気付いていないことに気付けたりするのが、リアルな場でのコミュニケーションのいいところだと思うのですが、そういったことがなかなか生まれにくくなってしまいます。

最後に資料に関してです。デザインの業務には検証のためやアイデアのために参考にする資料などがあります。オフィスではそうした資料がいつでも閲覧できる状態になっていますが、リモートではそれが難しくなります。もちろん会社の資料を自宅に持ち帰ることもできますが、共有で使用しているものもあるので全員が使用するのはなかなか難しいです。

Q.リモートワークのために使用しているツールや、おすすめのものを教えてください。

飯塚大和さん:スタッフ間の知の共有として、「Slack」では、気になったデザインやWebサイト、展覧会などをシェアする「#design」チャンネルや、ツールの便利な機能やエラーの回避方法などを共有する「#tips」チャンネルなど、さまざまなチャンネルをつくっています。リモートワークになってからは、オススメの映画やレシピをシェアするチャンネルもつくり、生活をより豊かなものにできるように工夫しています。

Zoom」は外部との打ち合わせだけでなく、社内での定期的なミーティングにも使用しています。2、3日に1度、仕事の話だけではなく、なるべく普段の雑談や近況、モチベーションの状態、健康状態なども話しています。1回1時間前後ですが、やはり顔を見れると安心しますし、雑談も含めて話すことで気分が明るくなります。

<strong>飯塚大和</strong> グラフィックデザイナー/エンジニア 1993年、栃木県生まれ。 東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。

飯塚大和 グラフィックデザイナー/エンジニア 1993年、栃木県生まれ。 東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。

案件の進捗管理には「Trello」を使用しています。大まかに「新規案件」「進行中」「保留中」「完了」という分け方をしていて、どのスタッフが忙しいのか/手が空いているのかを、一目で把握することができます。案件ごとに、どこの印刷所や施工会社を利用したか、作品の撮影やWebサイトへの掲載は済んでいるかもTrelloで管理しています。UIも直感的で使いやすく、導入のハードルも低いです。Slackと連携させるのもオススメの使い方です。

ハード面については、現在は会社のデスクトップPCを各々自宅で使用しています。出社をしなくなった状況下では、高スペックなハードウェア(PC、椅子、プリンターなど)をオフィスで眠らせておくのはもったいないので、可能な範囲で会社の備品をスタッフが自宅で使えるようにするといいと思います。

また、運動不足の解消のため、ヨガマットを購入するスタッフも出てきました。ラジオ体操や早朝ランニングを続けている人もいます。筋トレやヨガの動きを動画付きで見れる+時間を計ってくれるツールとしては、「Nike Training Club」などのアプリがオススメです。

最後に、ツールというわけではないのですが、この状況で何か貢献できることがないかを社内で話し合った結果、代表の岡本が非常勤講師として教えていた授業内容を「note」で公開しはじめています。在宅を余儀なくされている美術大学の学生や新社会人のデザイナーの方などにぜひ読んでいただきたいです。

岡本健さんのnote:
https://note.com/okamotoken

岡本健デザイン事務所のみなさんの作業机

Q.リモートワークを通して気付いたことや、感じたことを聞かせてください。

山中桃子さん:リモートワーク開始から早2ヶ月が経ちました。今までとは異なる環境の中で得た気付きを「仕事」と「私生活」の2つの視点から振り返ってみます。

まずは「仕事」について。月並みではありますが、通勤時間がカットされたことで精神的な負担が随分軽減されました。往復で1時間程度と言えど、密集した車内や殺伐とした人の動きに日々心を擦り減らしていたようです。弊社は代表の判断が迅速だったおかげで早い段階でリモートワークに移行することができたのですが、それはやはりPC作業がメインの業務であることも大きいかと思います。

公務員や小売業に就いている知人は、週に1日しかリモートワークが認められておらずとても歯がゆいと話していました。その中でフルリモートワークができる環境にあることは多数派ではないということを意識して、日々気を引き締めることが大切だと感じています。また、朝の挨拶や仕事以外の雑談をLINEで行うだけでも大いに気分がほぐれるので、遠隔でも頻繁にコミュニケーションが取れるのはありがたいです。

<strong>山中桃子</strong> グラフィックデザイナー 1991年、神奈川県生まれ。 桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。

山中桃子 グラフィックデザイナー 1991年、神奈川県生まれ。 桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。

そして「私生活」について。リモートワークを開始して一定期間が過ぎたあたりで、自身の気持ちの立て直しが必要になるタイミングが訪れると思います。起床、作業、食事、就寝、というリズムはルーティン化してしまえば快適ですが、内と外のメリハリが無い状態は気の緩みをもたらします。個人的な対策法として効果的だったのは、1日のタスクを可視化した表を制作し、消化するごとにチェックを付けていくことでした。これは、些細だけれど見過ごしがちな「湯船にきちんと浸かる」や「自炊して野菜を摂る」等、仕事とは別の軸で考えることをおすすめします。閉ざされた生活の中でも達成感を得られるので、精神的にも安定するように思います。

クリエイティブ職に就く方は、どうしても作業に没頭してしまうことが多いので「自宅から職場」の往復が「デスクとベッド」の往復になってしまわないように、オンオフの線引きを意識することが大切なのかもしれません。そして、これまでの働き方ではできていなかったことを新たに習慣化することで、今後の働き方を見直すきっかけにもなりそうです。

Q.リモートワークをする上で「こんなものがあればいいのに」などのアイデアがあればお聞かせください。

山中港さん:制作物に使う用紙を選定する際、事務所では気軽に端から見本帖を開いて検討することができていましたが、テレワークはそれができません。数十冊の見本帖のセットを持ち帰るのは現実的ではないので、そんな時何かしらの形で「ポータブル紙見本」が欲しいと感じます。

理想は全種(製紙会社ごと)の実サンプルが辞書のように1冊に収まっているものです。そのためには1つひとつのサンプルの大きさはかなり制限されますが、最低限指先で厚み・質感・色柄が確認できるだけでも、Webの画像で見るよりは現実的な検討ができると思います。

<strong>山中港</strong> グラフィックデザイナー 1990年、東京都生まれ。 慶應義塾大学環境情報学部卒。

山中港 グラフィックデザイナー 1990年、東京都生まれ。 慶應義塾大学環境情報学部卒。

また、「PANTONE」や「DIC」のような色見本はすでにアプリがありますが、紙に関してはデジタルで検討する環境が乏しいように感じます。紙というものの性質上、最終的には実物を見ないと判断できないことがデジタル化の需要の低さの理由かと思いますが、今回のようにどうしてもそれができない時、「検討しづらい」ではなく「検討できない」に近いのが現状です。

紙の名称と画像がサムネイルで並んでいて、画像をクリックするとスマホのフルスクリーンサイズになるだけでも(傾けると光の当たる角度が変わって質感がみえるなど、そこまで再現できたらすごいですが……)色や柄の検討がしやすくなると思います。テレワークに限らず、出張先や打ち合わせの場での議論でも使えそうです。色見本アプリでさえ実際のチップと色が異なるので限界はあると思いますが、3Dのレンダリングや描画ソフトのブラシの再現度が非常に高くなった今、紙ももう少しデジタルに寄り添えるのではと感じます。

Q.最後に、リモートワークを実践している方に、メッセージやアドバイスがあればお聞かせください。

岡本健さん:少し話が逸れるのですが……私は今年の2月末に長野県御代田町に移住し、現在も長野から東京にいるスタッフとやりとりをしています。元々予定していた移住がまさかこういった事態と重なるとは想像もできませんでしたが、移住後は東京と長野の2拠点を行き来しつつ、仕事だけでなく暮らし方そのものも含めた価値を拡充し、スタッフとも共有していきたいと考えていました。そういった活動を見込んだ上で、リモートワークへの移行は必然であったようにも思います。

そしてもし今回の事態が終息したとしても、最低でも週の半分はリモートワークでいいんじゃないかなどとスタッフと話しています。荒治療のようではありますが、少し無理をしてでもパラダイムシフトを起こすことで、その後の働き方や生き方そのものの選択肢が増え、結果的により生産的な活動ができるのではないかと感じています。もちろん他業種と同様に経済的な厳しさは続くと思いますが、これから社会に出ていく学生や将来を夢見る子どもたちが明るい未来を思い描けるよう、長期的な視野で新たな環境づくりに取り組む必要性を感じています。働き方そのものの仕組みを変化させていくことも、我々の職能を大いに発揮できる事柄なのではないでしょうか。

岡本健デザイン事務所のみなさんの作業机

PROFILE
株式会社岡本健デザイン事務所
2013年設立、2015年法人化。グラフィックデザインを主軸にパッケージ、書籍、ブランディング、サイン計画など様々な領域に取り組んでいる。
www.okamotoken.jp