公開日:2022/06/21
1869年の創業以来、153年にわたり富山県高岡市を拠点に地域の人々に愛される和洋菓子を作り続けてきた中尾清月堂。昭和20年代からの看板商品「どら焼き(清月)」が地元で絶大な人気を誇るが、最近では電子レンジで温める「ホットドラバター」を発売。老舗でありつつも、斬新な広告戦略や商品開発、パッケージデザインなどで新たな顧客の掘り起こしに成功している。
そんな同社は、現在新しいデザイナーを募集中だ。編集部では今回、客足が途絶えることのない高岡市宮田町にある高岡本店で、専務兼工場長の伏脇一郎さん、統括プランナーの中条摩佳さん、コミュニケーションデザイナーの平野愛さんに、どんな視点や戦略で商品開発やデザインを行っているのか、同社がこれから何を目指すのかなどについてお話をうかがった。
――まずは平野さん、中条さんのご経歴とお仕事内容についてお聞かせください。
平野愛さん(以下、平野):私は徳島県出身で、富山大学芸術文化学部を卒業後、富山県総合デザインセンターや金属鋳造・加工メーカーでの勤務を経て、デザイン事務所の立ち上げメンバーとして勤務していました。4年前くらいから中尾清月堂とそのデザイン事務所がタッグを組み、商品開発や広告戦略、パッケージデザインやネーミング開発についてチームで取り組んでいたんです。
3人目の子どもが生まれ、この先もデザイン事務所でバリバリ働くのは大変かもと考えていたタイミングで声をかけていただき、2021年10月から中尾清月堂に入社しました。現在は商品の販売企画や広告戦略立案、グラフィックデザイン、店舗ディスプレイ、ECサイト、SNSなどを担当しています。勤務時間は夕方5時までで、退社後は子どもを保育園に迎えに行く生活です。
中条摩佳さん(以下、中条):私は地元出身で、高校2年と3年の夏に中尾清月堂本店の喫茶コーナーのアルバイトとして、毎年行列ができる人気のかき氷の販売をしていました。就職活動を始めるタイミングで、新規オープンする野村店の創設メンバーとして社長から打診があり、2004年春に入社しました。
以後は各店舗での販売を中心に経験を積み、現在は店舗長補佐として、また、本部で平野さんと同じくデザイン、店舗ディスプレイチームの一員として働いています。おもには1カ月から1カ月半ごとに季節や節句に合わせて変わる商品の販売企画や、広告戦略立案などに携わっています。私も子どもがいますから、親子で楽しめる企画など、とにかく平野さんとよくしゃべりながら自由な雰囲気の中で企画を考えています。
――まずは平野さんにお聞きします。入社されてからデザインの視点が役立ったと感じることはありますか?
平野:そうですね、PCを使ってデザインを起こす作業も大事ですが、私の社内でのミッションは「伝えること」だと考えています。外への発信はもちろん、社内の販売員や工場の人に、こういうものを、こういうテンションで売りますと。
その際には、書面よりもデザインを起こしたものでお渡しする方がわかりやすくなるはずで、デザインが私の武器になっています。既存のチラシやPOPを見直して、もっと、こういう部分をお客様に伝えてはどうかと提案することも多いですね。
たとえば、春の入学祝いの商品のチラシも、おすすめ商品や細かな情報を単に並べるのではなく、パッケージの可愛いらしさや中身がよく見えるよう工夫したり、商品選びのポイントをキャッチフレーズや文章で分かりやすく表現したり。チラシ全体のデザインをガラリと変えて、その内容を柱にPR展開していきました。
平野:ほかにも中条さんといっしょに、店内に本物の桜の花のディスプレイを提案し、ママ雑誌のフリーペーパーへの広告掲載も実施して、結果として多くのご注文をいただくことができました。
中条:お菓子がおいしいことは今の世の中では当たり前で、それだけでは売れなくなっています。中尾清月堂のお菓子はなぜおいしいのかを、深く掘り下げる必要があるということですね。デザインの力で伝えたいことを整理整頓したことで、今年の方が反応は断然良くなりました。
――店舗勤務をされていた中条さんの立場から見て、デザインがお店づくりに与えるいい影響というものは感じますか?
中条:工場でつくる「製品」を、店舗でお客様に購入いただくための「商品」へ仕上げるためには、デザインの力が重要だと感じています。パッケージデザインはもちろん、商品のストーリーを表現する際、その商品の魅力を最大限に引き出して、視覚的にお客様にお伝えすることができるからです。それが「ある」のと「ない」のとでは、スタッフの販売意欲や、お客様の購買意欲がまったく違ってきます。デザインによって付加価値を高めながら、多彩に演出できるという、大きなとてもいい影響があると思っています。
――節句について楽しく伝える企画も考えられたそうですね。
平野:5月のこどもの日の企画としては、5mの鯉のぼりを店舗に飾ったり、地元の製紙メーカーとコラボして、国産竹100%を原料とした「竹紙」を使った「折り紙かぶと」を柏餅とセットで販売したりしました。
平野:あとはママ向けの季刊フリーペーパーに連載企画として、節句の行事とお菓子にまつわる風習や、意味合いを伝える広告展開なども実施しています。行事について学ぶことは、子どもの自己肯定感を高めるという研究があるそうで、節句について知ることで、子どもが和菓子を食べるきっかけをつくり、それを販売にも結びつけられたらと考えています。
個人的には、どら焼きがお母さんの味になってもいいのではないかと思っています。家族みんなで食べることで、大切な柱になるような存在として。おじいちゃんから孫の代までつなげられる和菓子というのは大きな魅力だと思います。
伏脇一郎さん(以下、伏脇):情報がとても分かりやすくなり、お客様がさまざまなかたちで楽しめるようになったことは、間違いなく平野さんと中条さんたちのおかげです。
これまでは既存のお客様のご要望にどう応えるかに注力してきましたが、客観的に見たときに、新規のお客様にもっとわかりやすく説明して、もっと来てもらえる可能性があるという当たり前のことを、平野さんには社内に向けて言ってもらっています。
伏脇:ずっと会社の中にいると同じことをやり続けてしまい、理解できていなかった商品の魅力があるんですね。実際やってみたらすごくいい反応をいただけて、私たちの自信につながっています。それをいま、ちょっとずつ繰り返しているところです。
――中尾清月堂さんは老舗ではありますが、とても自由な雰囲気を感じますね。
中条:そうですね。企画はほぼ平野さんと私で考えますが、日々思っていることを自由に話し合っていて。ディスカッションのプロセスがとても大事だと感じていますし、意見交換をしながら「これを試してみようか」となったら、すぐ制作するフットワークの軽さも大切にしています。ただ、業務が追いつかないところがたまにあるので、力を貸していただける方に入っていただけると嬉しいですね。
伏脇:時代に合わせたお菓子づくりをするためには、自由であることが大切で、失敗してもいいからやってみろという姿勢は、社長の思いの根底にあると思います。
平野:トライ&エラーさせてもらえるのはすごくありがたいですね。
――平野さんは気づきの作業、掘り返しの作業をしているという感覚でしょうか?
平野:そうですね。社内のいろいろな部署の方に「これは何?」と改めて聞くことがすごく多いです。たとえばあんこ一つとっても、よりおいしくするために商品ごとに小豆の種類を吟味したり、作り方も変えたりしているのですが、お客様には知られていません。そういう、社内で当たり前になっているすごさや魅力をもっと伝えたいと思っています。私の気づきを掘り下げて、いろいろな企画に反映していくことが多いです。
伏脇:そこがすごく大事ですよね。当社は153年ずっとお菓子作りを続けてきているので、当たり前すぎて、いまさら聞けないみたいなところがあるかもしれません。でも、平野さんは素直に聞いてくれるので、すごくうれしいです。
――では、今回デザイナー募集にいたった経緯を教えてください。
伏脇:いまやお菓子は、ナショナルブランドをはじめ、スーパーやコンビニ、ドラッグストアなどさまざまな場所で販売されています。時代の変化のなかで、既存の顧客を大切にしつつ、新しい顧客を探るなど当社では4年ほど前から構造改革に取り組んできました。
以前は店舗と製造工場だけだった組織に新たに本部を設け、外部のデザイン事務所さんとの連携も深めてきました。しかし、やはり社内の人材が足りないということを実感し、ここ2年ほどで平野さん、中条さんといったいい人材に集まってもらいました。
中尾清月堂が長年積み重ねたさまざまな商品にまつわるデザインを、統一感をもって整えていくことは膨大な作業で、そこに関わる人材がまだまだ不足しています。今後しっかりと社内やチームの環境も充実させていきたいと思っています。
――中尾清月堂のデザイナーとして働く醍醐味や、やりがいについてはどうお考えですか?
伏脇:153年の歴史を大切にするだけでなく、和菓子を未来につなげていくために中尾清月堂は何ができるのかを一緒に考え、形にしていけるということが醍醐味だと思います。形にしたデザインが富山県内や隣県の幅広いお客様に楽しんでいただけて、和菓子の新しい文化の提案にもつながっていくことは大きなやりがいになるはずです。
これから入社していただくデザイナーの方の強みや個性をより引き出して、それらが中尾清月堂らしい付加価値を生み出すことにつながってほしいと思っています。
――どのようなデザイナーに応募してきてほしいか、働き方や仕事への姿勢などイメージしているものがあれば教えてください。
中条:グラフィックデザインを中心としたクリエイティブ人材で、例えば写真が得意だったり、テキストを書くのが得意だったり、何か得意分野を持って仕事に前向きに取り組める方。そして、和菓子やお菓子が好きな方は向いていると思います。あと個人的には、中尾清月堂のお菓子は「おいしい」と言われることはよくありますが、「かわいい」「お洒落だね」と言われたい欲もあるので、それを一緒に考えていってくれる方がいいですね(笑)。
――この土地で暮らしながら働くことの魅力について教えてください。
伏脇:富山県は災害が少なく、水も食べ物もおいしく、生活の三大要素である「衣・食・住」について、全国的にみても満たされている住みやすい土地だと思いますし、子育てなどの支援も充実しています。北陸新幹線で東京・新高岡間は約3時間。近年、関東圏はより身近になっています。
平野:富山では車で30分も行けば、立山連峰、富山湾、川など絶景に出会えるところがいいですね。買い物もしやすいところです。賃貸物件も数多くあって安いですし、移住してきて古民家に住んでいる方も結構います。日常生活や通勤のために運転免許は必須ですが、会社から交通費としてガソリン代は支給されるので、少し離れたところに住んでも大丈夫。ただ、冬は雪がたくさん降るので備えておく必要はありますね…(苦笑)。
――富山県美術館やガラス美術館、富山県総合デザインセンターがあるほか、高岡は昔から工芸が盛んなまちですね。
平野:富山県のなかでも県西部にある高岡市は、高岡銅器や高岡漆器に代表される、江戸時代から続く伝統工芸やものづくりが盛んなまちとして知られています。職人も多く、最近では若い作り手やデザイナー、アーティストが県外から移住して伝統のものづくりに携わる例も数多くあります。
中条:古き良き文化を、新しい文化へとつなげていこうとするさまざまな取り組みがあります。職人さんたちはものづくりに一所懸命ですが、それを外に発信する力は、まだまだ弱いとも感じています。
――では最後に順番が少し前後しますが、看板商品のどら焼きについて、そして今後の展望を教えてください。
伏脇:県内では茶道も盛んで和菓子文化が息づいていると同時に、冠婚葬祭を大切にする土地柄で、特に県西部の法事などによく用いられるのがどら焼きです。“どらかぶり”と言われるくらい、親戚同士が仏前のお供え物として、たくさんのどら焼きを持ち寄る風習があります。ドラえもんの作者、藤子・F・不二雄さんは高岡市出身で、作中でどら焼きがテーブルにたくさん積まれている様子が描かれていますが、実は富山では日常の光景なんですよ。
当社のどら焼きは、独自の製法で焼き上げた、ふんわりとした生地とこだわりの粒あんで、地元の方に長くご愛顧いただいています。年間約70万個を販売し、「中尾清月堂と言えばどら焼き」と認識していただいているお客様も多い看板商品です。焦げの匂いや味が素材をダメにしてしまうため焼印は押さないほど、繊細な味わいを大切にしています。
もともとは職人が手焼きで作っていましたが、それを再現できる機械を約20年かけて独自に開発しました。誰が食べても機械だとわからないくらい、手焼きの良さやおいしさが再現されています。4年ほど前に味の違いがまったく分からないというユニークな広告をデザイン事務所さんにつくっていただき、それまでのスタンダードな広告とは違って大きな反響があり、当社が変わるきっかけとなりました。
伏脇:このように、職人による手作りと機械製造とをうまく組み合わせて伝統の味を守りつつ、安心安全が求められる時代に合ったお菓子づくりをしています。伝統を全て変えるということではなく、手作りを大切にする部分はこれからも守りながら、ものづくりの技とデザインの力を掛け合わせて、和菓子を未来に連れていきたいと考えています。
2004年入社。実家は元料理屋で、手に職をつけようと27歳で中途入社。菓子職人としての腕を磨きながら、工場への最新設備導入など近代化にも大いに貢献。現在は専務兼工場長として、製造の第一線に立ち、社員らの指導にあたる。中尾清月堂の伝統を生かしながら、手作りと機械製造が融合する時代に合った安心安全な商品づくりを進めたいと語り、デザインの力を発揮できる環境づくりにも取り組んでいる。
2021年入社、徳島県出身。富山大学芸術文化学部を卒業後、富山県総合デザインセンターなどでの勤務を経て、デザイン事務所の立ち上げメンバーとなり、中尾清月堂の商品開発や広告戦略に携わる。3人目の子どもが誕生し産休が明けたのち、中尾清月堂に入社。現在、商品の販売企画や広告戦略立案、グラフィックデザイン、店舗ディスプレイ、ECサイト、SNSなどを担当。
2004年入社。高校時代、夏に中尾清月堂本店の喫茶コーナーのアルバイトとして、人気のかき氷の販売に従事。その働きぶりから、新規オープンする野村店の創設メンバーとして入社。本店、野村店、富山大和店で販売に携わり、現在は店舗長補佐として、本部のデザイン、店舗ディスプレイ担当として勤務。約1ヶ月半ごとに変わる商品の販売企画や広告戦略立案などに販売のプロの視点から携わる。