公開日:2020/06/15
コワーキングスペースやシェアオフィスの普及、時差出勤・フレックス制度といった働く時間の変化、さらには働き方改革による副業の解禁など、ここ数年、さまざまな働き方についての議論が進んできました。そんな中、COVID-19の感染拡大という状況を受けた急速なリモートワークへの切り替えが進む2020年は、これからの働き方について考えていく大きな区切りとなる年になりそうです。
多様化が進む働き方のひとつの選択肢として、今後の「リモートワーク」のあり方について考える「HOW WE WORK REMOTELY」。今回は、商業空間やイベント空間、博物館・科学館といった文化空間など、さまざまな空間づくりを手がける株式会社丹青社の実践例をご紹介します。
同社は先日、新型コロナウイルス感染症拡大防止のメッセージを表したモーションロゴ「MAKE SPACE NOW, CREATE SPACE TOMMOROW」を発表しており、外出自粛期間以降はリモートで日々の仕事に取り組んでいます。同社のデザインセンターに所属する4人に、リモートワークを通して感じていることをお聞きしました。
山下純さん(以下、山下): 会社としては、2015年の本社移転を機に、フリーアドレス制の導入やコワーキングスペースの活用などを進めるため、全社員へのiPhone配布や働き方に合わせたPCの支給などを行っていました。テレワーク制度も段階的に導入していたので、2018年には全社員がテレワーク制度の対象になっていました。
個人的には今年の4月7日より本格導入していて、現在にいたるまで実施しています。自分以外にも10人のルームメンバー*は全員、4月7日より100%在宅勤務になっています。
*丹青社デザインセンターには、リーダーと複数名のメンバーからなる「ルーム制度」があり、山下さん、町田さん、服部さんはそれぞれルーム長を務めている。デザインセンター長の德増照彦さんは、現在50ほどあるすべてのルームのオンライン朝会への参加を進めている。
服部玲巳さん(以下、服部):私のルームでも、3月中旬よりメンバー全員が在宅勤務です。緊急事態宣言前は、お客さまのご都合によって対面での打ち合わせもありましたが、緊急事態宣言後は社内・外ともに打ち合わせはWeb会議で実施しています。
ただ、急だったためネットワーク環境が悪い社員もおり、場合によっては上長へ許可をとり出社作業しています。特に単身者の場合、共同住宅のネット環境や、デスクの有無など在宅勤務の環境が整っていない場合もあるようです。会社ではすぐに椅子やモニター・WiFiのレンタルなどのサポートがありましたが、それだけでは解決できないこともありますね。
山下:人によると思いますが、会社ならではの環境的な制約がないため、自身に適した作業環境をつくることができるのがいいところだと感じています。オフィスの環境が苦手な人は、逆にリモートの方が仕事がはかどる場合もあると思いますし、好きなものに好きなだけ囲われた環境での仕事の方が、モチベーションを高くもてる人もいますね。
安元直紀さん(以下、安元):作業効率の点では、アウトプットの目標が明確で、デザイナーひとりで進める案件であれば、実物のマテリアル選定、提案や現地確認が必要な場合を除いて、リモートでおおよそ問題なくできるのではないかと考えます。案件に対するデザインの基本形ができてしまえば、チーム内のコミュニケーションは工夫次第で問題なく進行できると考えています。
ただし、複数人でのクリエイティブワークの進行には、同じ場所で働いている時よりもケアの必要性を感じています。案件規模が大きく、複数のデザイナーによって編成されたチームの進行、特にプランニング・デザイン立案の部分では対面に勝ることはないと実感しています。
町田怜子さん(以下、町田):通勤時間が省けるため、1日のタイムコントロールがしやすくなりました。打ち合わせのための移動時間も省けるため、遠距離のクライアントとの打ち合わせは逆に頻度を増やし、密にコミュニケーションをとることができています。オンライン会議への参加も自由度が高いため、オブザーバーとして「ちょっと参加」することも可能で、情報共有も効率良く進められます。社内打ち合わせも短時間ですが、こまめに開催しみんなで集まることができるので、特にプレゼン前はとても有効的だと感じています。
いまは生まれた時間を趣味などのプライベートの時間に充てることができます。ルーム単位で実施している朝の朝礼前にランニングの時間をとっているのですが、朝運動してから業務に就くととてもはかどりますね。こんなフレッシュな生活は社会人になってから初めての経験です(笑)。
そのほか、社外ワーキンググループに参加したり、これまで以上に後輩の育成にしっかりと時間を確保したり、最近オンラインセミナーが増えているので、空き時間を活用していろんなセミナーに参加したり、さまざまな取り組みに時間を活用しています。
服部:移動のための時間やストレスがないことはとても大きなメリットです。特にPCを持ち歩くようになってからはとにかく荷物が重かったので、あれは身体に悪かったと思います(笑)。
打ち合わせがオンラインになってからは2時間以上実施することはほとんどなくなり、会議の時短はできているのではないでしょうか。遠方のお客さまとの打ち合せも、以前は移動を含めて1日かかっていたものが、数時間で終わるのは大きなメリットです。東京と地方の打ち合せを1日に複数入れることもできているので、費用面も軽減できます。
町田:ルームメンバーの一体感の醸成に難しさを感じています。メンバーの業務管理は会議体で確認することができるのですが、これまで社内での雑談や直接顔を見ることで把握していた体調やメンタルの管理はオンラインだと難しい部分があり、「雑談コミュニケーション」の大切さを感じています。この問題をできるだけカバーするためにも、毎朝オンラインでルーム会を開催しています。
会議の空気感がつかみにくいのもデメリットです。ひとりずつ発言しなければならないため、白熱した議論ができないというのも難点です。アイデアのヒントは意外と雑談の中に散らばっていますが、オンラインでは雑談がしづらいので、クリエイティブなディスカッションはファシリテーターを明確にし、参加者の気軽な意見を引き出す工夫が必要です。オンライン会議だと参加の自由度が高いため参加者が多くなり、特にオンライン会議に慣れていない相手だと、意見がまったく出ない(発言を遠慮してしまう)こともあります。かしこまった打ち合わせに終始してしまうこともあり、クライアントとの距離感を縮めるのが難しいです。
また、在宅勤務だと夜遅くまでダラダラと作業してしまう恐れがあるので、1週間分のタイムスケジュールを週のはじめに計画し、コントロールするようにしています。そのほかにも、その日1日外出がなくても、出社時と同じように、朝は身だしなみを整えること(シャワーを浴びる、運動をする、簡単にメイクをする、好きな服を着るなど)を心がけています。
ただ、慣れるまでには時間がかかりました。在宅勤務実践当初は、テレビを見てしまったり昼寝をしてしまったり、気持ちがダラダラしてしまい逆にストレスを感じてしまう時もありましたが、いまではしっかりオンオフの切り替えができるようになり、在宅勤務を居心地よく実践できています。
服部:プランニング業務にあたり、世間の流れや、いまみんなが何を考えているのかといったことを、ちょっとした雑談や打ち合わせ相手の持ち物などから感じ取ることで企画のヒントにしていますが、リモートワークだとそのようなコミュニケーションがとりにくいのを感じています。
たとえば、「最近オフィスで女性はヒール履かなくなった」といったことについて、年代別の違いや働く女性のライフスタイルの変化などを、オフィスや打ち合わせ先などから読み取ることができますが、オンラインだとそれができない。そういった些細なことに気づきにくいのはデメリットかと思います。
また、私は小学2年生の子どもと夫と3人で暮らしていますが、子どもがいながらの在宅勤務は、長時間の集中した作業時間がとれないデメリットがあります。小学生なのでWeb会議中は静かにしていられますが、作業中には宿題などの相談をしてくることもあります。
それに、外出自粛のため自炊が多く、お昼休憩の1時間で料理をつくる・食べさせる・片付けるを行うのも地味に大変です。在宅勤務のメリット・デメリットも、家族状況によって大きく違うと思います。
山下:外部との打ち合わせには、セキュリティの考え方もそれぞれですので、基本的にはお客さまのご要望に沿ったツールを使用しています。当ルーム内での打ち合わせなどのコミュニケーションには、動作が軽くて共有画面にみんなが書き込みできる「Zoom」を使っています。
また、タスク管理としては「Trello」を使用しています。各個人でどの程度タスクが残っているか確認できる上に、ヌケモレも防止できるので便利ですね。
そのほか「Slack」「Chatwork」も使っていますが、一番使っているコミュニケーションツールは「LINE」です。慣れた相手であればスタンプを使って超速レスポンスできるので、「確認しました」や「ありがとうございます」を打ち込むよりも圧倒的に早いですね。
安元:クリエイティブワークを進める上で、3つほど気を付けていることがあります。
①作業スケジュールの中で細かく確認ポイントをつくる
メンバー間で意思がずれないように進行することが目的です。気軽なコミュニケーションのハードルが高い分、細かく確認ポイントをつくって、短時間でずれがないか意見交換をするようにしています。
②それぞれがアイデアを整理して、答えをもってリモート会議に臨む
リモートの打ち合わせ時には、議題に対してそれぞれが自身のアイデアや考えを整理して、答えや仮説をもって打ち合わせに臨むようにしています。対面ではその場で議論し、アイデアを練りながら進行可能ですが、リモートではその場の議論を整理集約することのハードルが高いのを感じているので、打ち合わせの段階で課題や解決方法、アイデアのポイントをすぐに協業者と意思共有できる状態にしています。
③リモート会議の議題を前もって決めておく
これはオフィスワークの場合と同じですが、リモートワークでは協業相手の状況が見えない分、時間や進捗管理を以前より意識して進めています。クライアントワークは、現場打ち合わせ以外100%リモートで対応していますが、リモートワークになってからは、事前に打ち合わせ資料を送り、検討したい箇所をマーキングした図面に記入したタスク管理をするようになりました。これまでは指差しで進めていたことがいまはできないので、スムーズに話を進めるために、前もってクライアントに打ち合わせしたい内容、アドバイスが欲しい内容を整理しておく時間をつくってもらうように工夫しています。
丹青社にはさまざまな領域のデザイナーが在籍し、それぞれのデザイナーがお互い刺激し合い、アドバイスし合い、アイデアをかけ合わせながら、新たな価値を生むデザインをつくり出していると思います。今回のように必要に迫られて実施したリモートワークには、この組織力を継続する仕組みが十分ではありません。これからリモートワークが主流になった場合でも、この組織力を生かし続ける仕掛けをつくる必要があると感じます。
日本企業は欧米と違い、結果主義になりすぎず、仕事に対する姿勢や過程を含んだ評価をするところが多く感じます。このままの状態ではリモートワークによって姿勢や過程が見えなくなることで、マネジメント側にも戸惑いが生じ、社員も不安を持ちながら企業に勤めることになります。リモートワークが主流になりつつも、評価に対する制度の見直しが明らかにされると、企業に勤める上での不安が取り除かれるのではないかと思います。
山下:コミュニケーションツールは便利な反面、相手や用途によってツールの種類が多岐にわたるため、メッセージを確認しなければならない数が増えてしまう傾向があります。多々あるツールのメッセージをまとめて閲覧できるものがあるといいなと思います(究極はGmailに集約かな…)。
また、セキュリティの問題はもちろんありますが、ツールは常に新しいものがリリース・アップデートされているので、固定概念をもたず、ソフトウェア導入のハードルを下げるなど、積極的にトライアルしていけるような仕組みができるといいですね。
安元:それぞれの作業環境によらず自由に書き込みができるツールや、図面検討や作図のために複数人でオープン可能なツールがあるといいですね。
ほかにも、自宅で作業がはかどらない人や、マネージャーの組織管理の目的で、それぞれライブ中継を通して自由に声をかけることができる社内ツールがあるといいなと思います。
山下:今回、これだけ大規模にリモートワークが実施されているので、今後もリモートワークという文化は根付くと思います。リモートワークにはメリットもデメリットもあるため、時と場合、相手に合わせて、うまく使い分けをできるようにしなければならないと思います。
Web会議でももちろんコミュニケーションはとれますが、実際に会って会話するコミュニケーションには敵わないところもあるので、この機会にそれぞれの利点を把握しておく必要があるのではないでしょうか。
安元:海外では「6フィートオフィス」など、アフターコロナにおけるオフィスの考え方が出てきています。日本は海外と文化が違いますし、日本の中でもそれぞれの業界や企業ごとの文化があるので、海外で生じている考え方がそのままインストールされるとは思いませんが、複数人で協働する場としてのワークプレイスが果たす役割が変化することは明らかです。
私自身、数多くのオフィスなどの空間づくりを手がけてきましたが、そのひとつひとつが目的によって異なっていて、未だ答えはありません。これからの時代のそれぞれの新しい働き方の実践こそが、新しいワークプレイスをつくっていくと思いますので、試行錯誤していきたいと思います。
町田:これまでは「打ち合わせは面と向かってやらなければ!」「クライアントには直接会いに行くべき!」という考えでいましたが、今回の自粛期間において、リモートワーク、オンライン会議を活用しなければいけない状況に直面しました。
最初は慣れずストレスを感じることも多々ありましたが、働き方や使用ツール、仕事の進め方など、いろいろ試す中で適切な方法やシーンをセレクトしてクリエイトしていくことこそがクリエイティブだと感じています。この期間をきっかけに、世界全体で働き方が激変していく中で、これからも自分やシーンに適した働き方を模索していきたいです。
服部:「自分にとっての働きやすさ」が以前より理解でき、考えるきっかけになったとポジティブに捉えたいと思います!
この状況が長期になってきて、「コロナ疲れ」と一言で言っても、いろいろな疲れがあります。機能・設備面、人と会えない疲れ、意思疎通の大変さ、運動不足、私のように子育てとの両立など……。私はアナログ人間で、いいことばかりではないなと感じています。きっとみんなメリット・デメリット両方あって試行錯誤中だと思うので、一緒に工夫していきたいと思います。
丹青社 デザインセンター カルチャー&コミュニケーションデザイン局所属。空間というリアルな場を訪れる人の「体験」に主軸をおいたデザインを考える。エンターテインメント、e-Sports関連イベント・常設店、企業ショールーム、物販店、イベントなど、多分野において求められる「体験」にデザインの力で解決策を提案し、実現している。
丹青社 デザインセンター カルチャー&コミュニケーションデザイン局所属。商環境の空間デザインを中心に多業種のワークスペースデザインを経験。コラボレーション、イノベーションなど多様化した企業活動空間のデザインキャリアを積む。オフィスづくりのプロフェッショナルとして実績を重ねる。コミュニケーションの活性化や新たな創造が生まれる空間づくりを得意としている。
丹青社 デザインセンター カルチャー&コミュニケーションデザイン局所属。賑わう商業空間づくり、心地よいオフィス空間づくりなど、多岐にわたる分野での経験を積む。女性ならではの感性とコミュニケーション力で、異分野のデザイナーとのコラボレーションの機会に自ら参画することはもちろん、デザイナー同士のコミュニケーション促進の場づくりにも取り組んでいる。
丹青社 デザインセンター プランニング局所属。主に商業系複合施設のプランニングを手がける。調査、企画、MD計画からリーシング、設計、施工へ至るまで、一貫してプロジェクト推進も行う。近年では商業施設だけでなく、展示施設、パブリック施設、オフィス、ミュージアムなどさまざまな機能の融合が進み、既存の枠にとらわれず、幅広い領域を学ぶよう心がけている。