公開日:2019/06/24
ブランディングにあたってのアウトプットの手段は、広告、Web、プロダクトとさまざまですが、最終的に何に落とし込むかはそれほど重要ではないと思っています。僕らはターゲットとなるお客さま心理や視点、欲求の分析、ブランドの提供価値、社内でのブランド管理や運用方法など、むしろ「表面に出ない部分」にどれだけ思考の深さと時間をかけられるかに重き置いて仕事をしています。
「ブランディングの一環で、素敵な“モノ”をつくりたい」とご相談いただくことは多いですが、話をうかがって、必ずしも“モノ”をつくる必要はないのではないか、という提案をさせていただくこともあります。重要なのは目先の売上を高めるだけではなく、30年、60年後もそのブランドが存在し、お客様に愛着を持ち続けてもらうために一体いま必要なことは何か、という視点だと思うのです。
ずっとクリエイティブ開発だけを行なってきたエージェンシーは、表現としてモノをつくることがゴールになってしまいますが、今クライアントが抱えている課題は、クリエイティブをつくるだけの解決でないものの方が増えてきてしまっている気がするんです。人にとって何を提供することが良いのかを追求するためには、必ずしもクリエイティブで解決する必要はないかもしれないのです。いまわたしたちは、本質的な課題を俯瞰して見つめるフラットで正しい視点が求められています。
莫大な宣伝費で広告キャンペーンを打って、3年や5年の短いスパンで瞬間的にムーブメント化することを“ブランディング”と捉える方々は多いですが、それはブランディングではなく“マーケティング”だと我々は考えています。ロングセラーブランドになればなるほど、データからも広告キャンペーンの好意度とブランドイメージ因子は、必ずしも連動しません。
――バニスター設立の背景を教えてください。
僕はもともと建築家になりたくて大学で建築を学んでいたのですが、勉強するうちに都市の記憶、人と空間、人と建築につながる都市史や文化人類学に興味が出てきたんです。だから、1,000年かけて作られた都市を10数年で再開発する計画するなんてナンセンスだという感覚を当時から持っていました。都市や建築のように、人と人との間でブランドは生き続けます。時間軸を長く見据えてものごとを考えるようにしているので、僕はある意味、ブランドをつくることは都市や建築をつくることと、同じように捉えているんだと思います。
結局建築の道には進みませんでしたが、何かをつくることや人とモノと空間の関係性にはとても興味があったので、NTTや米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスターを立ち上げました。
弊社にはマーケティングとクリエイティブの2つのチームがありますが、戦略立案はマーケティング、デザイン開発はクリエイティブ、のようなすみ分けはしていません。
すべてのステップに両者の視点を取り入れて、質を高めながらプロジェクトを進めていくのが特徴です。そのため、クライアントから声がかかると必ず2つのチームが同席します。最初のステップである消費者行動分析にもデザイナーの意見が求められますし、逆にマーケティングのメンバーがクリエイティブそのものに意見を出すこともあります。
我々が仕事上大切にしているのは、プロセスの部分です。弊社の仕事の大きな特徴にとして志向性分析による消費行動分析というメソッドがあり、これは設立当時から山形大学の兼子教授と共同で実施しています。
課題を洗い出し、デザイン戦略を立てるために、必ず定量調査と定性調査のどちらも実施していますが、より重要なのが定性調査だと考えています。例えばトイレ用洗剤のブランディングの場合、ご協力いただけるお客様の自宅にうかがって、実際にトイレ掃除をしてもらうんです。掃除をはじめるのは、便座からか床からなのか、トイレカバーは無地かレースか、脱衣所にはどんな洗剤があって、キッチンはどうなっているかなど、その方の暮らしぶりを体感することが、消費者インサイトの発見につながります。生活者の方ときちんと向き合って購買行動を理解することは、ブランドの価値設定において大切な要素です。
ーー最近手がけた仕事について教えてください。
最近、地方企業の仕事も多いのですが、新潟県長岡にある朝日酒造さんの純米大吟醸酒、「継」の開発を行いました。日本酒っていろんな工程がありますが、その一つひとつに究極のプロフェッショナリズムが存在します。実は、おいしい酒づくりは、精米歩合の比率や酵母だけの違いのようなわかりやすいな差別性だけではなく、蔵独自の多くの工程の努力の積み重ねの構成で特徴が生み出されています。お客様にその蔵の価値を理解していただきながら飲んでもらえるような、本当に美味しい日本酒をつくりたいという依頼だったんです。
「継」は大変、高価格帯の日本酒ですが、開発当初は「果たして高額な価格帯で売れるんだろうか?」とクライアントのみなさんは当初は不安だったと思います(笑)。
その後、私たちの方から「これからの生活者が求めるプレミアムな商品や体験を観察しましょう」と提案して、例えば鹿児島にある1泊数十万円する旅館に杜氏やプロジェクトメンバーの皆さんと視察ツアーを計画したこともありますね。クライアントと共に、さまざまな角度からお客様にヒアリングし、プロジェクトが進行していく中で、徐々に先方も「きっとこれは、お客様が求めるニーズがありそうだ」と確信しはじめ、「継」を現在のブランド提供価値にしようという思いになっていただけました。我々の手が離れたあとも、クライアントの皆さんが“ブランド”の伝道師として、自ら熱い志をお客様に語りたい、そう思えるモチベーションにまで引き上げていくことも、バニスターの役目だと思っています。そのためバニスターでは、プロジェクトそのものが、インナーブランディングの原動力になることを重要視しています。
効率重視の時代ですが、僕らは地道にクライアントと関係を築き、顔を合わせて、双方の理解を深めながらプロジェクトを進めていくことを大切にしています。「継」のプロジェクトでも、チームが立ち上がってからの約2年半は毎週のように新幹線に乗り、私も長岡に通いました。
現在社員が7名いますが、在籍しているデザイナーたちは、もともとブランドコンサルティング会社、メーカーのインハウスデザイナー、広告やデザイン会社などで経験を積んだメンバーです。マーケティングチームには、事業会社や流通のバイヤーから転職してきたメンバーもいます。共通するのは、みんな「人」のことが好きなことですね。
人懐っこいのとは少し違って、人間の行動の奥にある心理を見極めて、考えることが楽しめる人たち。うちのデザイナーは、ドラッグストアに行くと「人」が何を買っているのか、なぜその商品をショッピングカートにいれたのかを観察していて自分の買い物が終わらないとか(笑)。私たちプランナーもデザイナーも、生活の中でのエスノグラフィー(観察調査)が仕事のヒントになっているのです。
――今後どんな人と一緒に働きたいですか?
人に興味があるのはもちろん、ブランドをつくることは独自性を見出していくことなので、人と違うことに挑戦したいと思える人に来てほしいですね。時間をかけてクライアントと話し合い、社会や人のためになる、本当に良いブランドづくりをしたいと思える人なら活躍してもらえると思います。
バニスターのメンバーには、自分が消費者、生活者の視点に立ってものを考える習慣を身につけてもらいたいので、時間がある時は街に出て人を観察したり、クライアントと一緒にインサイトツアーとして、丸1日かけて店舗や最新スポットなどを回るようなこともしています。年に1度の社内研修では、オリエンタルランド社のサービス哲学を体験する、といったこともセミナー形式で行いました。
ーーこの仕事の醍醐味は?
社名のバニスターは英語で「手すり」の意味ですが、ビジネスを階段に例えて、僕たちが手すりのような存在になりたいという意味を込めています。もちろん手すりにつかまらなくても階段は登れますが、たいへんな時には、私たちが黒子としてサポートするのでいつでもつかまってください、という想いです。ちなみに弊社の名刺は楕円のようなカタチのですが、それも社名と関連付けて、みなさんが握りやすいように、つかんでいただきやすい名刺の形になっています(笑)。
僕はクライアントの皆さんに「試行錯誤を一緒に楽しみましょう」とよく言うのですが、クライアント側から見れば、いま、苦しい部分を一緒に楽しんでくれる私たちのようなパートナーがいまは少なくなっているのかなと思います。つまり、単なる“パートナー”ではなくブランドの“オーナー”であるという自覚を、私たち自身も持つ必要があると考えます。自分が担当しているブランドのオーナーだったら、いまどのような決断するのか、何を伝えようとするのか、ブランドに対して全責任を持つのだという意識です。だからこそ、私たちは、共に悩み、楽しみながらクライアントの視点に立って、課題の本質を探っていくことができるのだと考えています。
日本は100年続く企業が約3万2,000社もあり、このうち上場企業では約530社もあるといわれています。これは日本企業の強みです。世界と比較してもこのようなケースはありません。
しかし、最近のクライアント側の変化としては、数年毎でブランドマネジャーやマーケティングディレクターが代わるケースが少なくありません。ブランド戦略は、短期視点の結果を求めるだけでなく、急激なスピードとは逆の、いわば「遅効的」ともいえる時間軸の捉え方を組み入れることも必要です。ブランドの思想が継承されにくい事業の場合は、ブランドの価値をきちんと定義しておくことが、ブランドの維持に必要となることは言うまでもありません。
そのような変化に対応しながら日本企業の強みを守り続けていくためには、これからも生活者の志向性変化や消費行動分析をさらに掘り下げ、「人」をより深く知るブランド戦略のチームとして、私たちはもっと進化したいと思っています。さらに新しいことを求められる時代だからこそ、ブランド作りにおける不変的な価値とは何かということが重要になってきますから。
もう1つは、全く違った業種とのコラボレーションなど、よりオープンな視点と角度で新時代のブランディングデザインに取り組みたいと考えています。今後、日本の人口も減少し、市場がさらに成熟化していく中での日本企業のブランド戦略は、より洗練されていく方向に向かうでしょう。
2010年から2017年まで、約7年間、私たちはシンガポールにデザイン拠点がありました。しかし、造形力が強みである日本のクリエイターをさら活かしていくためには、変化の激しい成長市場であるアジアではなく、ヨーロッパを中心とした欧米企業のケースのように、ブランドの成熟化によってさらに利益を拡大しているブランド戦略から学ぶ必要があると考えています。つまり、日本ブランドが世界で勝てるブランドになることができることなら、長期的な視野でいろんなことや活動拠点を変化させ続けながら、常に挑戦したいと考えています。
法政大学工学部建築学科卒業。早稲田大学大学院経営管理研究科修了。
NTT、米国系ブランドコンサルティング会社シニアコンサルタントを経て、2008年バニスター株式会社を設立。
企業ブランドから商品/事業ブランドまで、国内外におけるブランド戦略及び消費行動分析、 パッケージデザイン、ネーミング開発、TVCM戦略等の 包括的なブランドコミュニケーション構築を行うスペシャリストである。