公開日:2018/06/07
まずは辰野さんの近年のお仕事から紹介していきましょう!
シンガポールを拠点に日本の工芸のものづくりを世界に紹介する、株式会社HULSによる世界の都市に向けた日本工芸ブランド『KORAI』。日本の工芸品の持つ美しい佇まいや手触りを伝えていくと共に、日本各地の工芸品を通じて、日本文化の持つ「内と外」「自然と住まい」の調和を表現しています。辰野さんが、日本各地の工芸メーカーとつくり上げた、清涼感あふれる初回コレクション『Tea Set』が生まれました。
これまでの工芸の仕事では、おもに地域に根ざす伝統工芸のメーカーさんからの依頼が多く、工芸品の伝統や歴史などを紐解きながらデザインをしていくことがほとんどだったのですが、外から工芸を盛り上げようと取り組む会社さんとのお仕事は初めてでした。「シンガポールと日本を拠点にする会社が工芸ブランドを作るために最も貢献できること」を探るため、ブランドの軸を納得できるものにするべく、“make sense(納得感)”をつくりたいとHULSの製作チームとの打ち合わせ時に頻繁に伝えていました。文化背景の異なる国に日本の文化をそのまま持っていくのは、ミスマッチをおこしてしまいがちな行為ですが、接点を見出して共感してもらえれば新たな世界が広がると同時に、普遍的な価値につながると考えていたからです。
主軸になるコンセプトを探るため、リサーチに訪れたシンガポールでは異国文化に触れながらも、常に両国の共通点を探していました。その結果「日本の夏の過ごし方」に可能性を見出しました。シンガポールの暑さがかなり印象的で(笑)。日本の伝統的な涼のとり方はきっと暑い国にお役に立てるのではないかと思い、こうしたプロセスの中で「日本の涼」をコンセプトにブランドができあがりました。
『KORAI』のプロダクトデザインを考える際に、コンセプトである日本の涼を表現する方法には悩みました。大事にしたポイントは「光」と「風」の抜けをつくる造形と清涼感のある佇まいです。そしてセットの軸となるプロダクトとしてはじめにデザインしたのが、京都の竹細工『KASANE 竹かご』です。光と風を心地よく感じさせてくれるアイテムとなりました。さらにもっと日本の涼を伝えるべく、HULSの製作チームと話し合って加えたのが、人々の感性に訴えかけるセンスウェアと呼ばれるアートピースです。試行錯誤の末、手吹きガラスの『水の器』のデザインが生まれ、この2つの存在があることで涼のコンセプトを強めてくれるティーセットが完成しました。
KORAI
https://koraikogei.com/
絶えず違った表情を見せてくれる沖縄の美しい海と森。そんな沖縄の自然をイメージして、琉球ガラスでつくられたアクセサリー『Ryu Kyu Iro』。沖縄の工芸品である琉球ガラスは、もともとは明治時代にランプのほやや薬瓶など、生活用品が作られたのが始まりとされている。この琉球ガラスのかけらを集め、一度溶かしてから板状にし、丸や四角い形に切り取ってピアスやイヤリングがつくられている。沖縄の海のような深いブルーと、お日様の光を浴びて輝く森のようなグリーン、その2色が重なりあって生まれるマーブルは、ひとつひとつすべて違う仕上がりに。
沖縄の自然を優しく風でくるんだ、琉球ガラスのアクセサリー『Ryu Kyu Iro』は、沖縄全土のものづくりを盛り上げている、ゆいまーる沖縄さんのプロジェクトです。“沖縄の工芸品”を使ったアップサイクルで新しいアイテムをつくって欲しいというご依頼を受けるにあたって、はじめに沖縄にあるさまざまな工芸品の工房と、コンセプトづくりのために沖縄らしい場所にご案内いただきました。琉球ガラスは一度できたガラス製品を溶かして再度成形をする製法が多いのですが、溶かす色や表情を調整して沖縄の海や森などの景色に見えるようにデザインしました。沖縄に吹く柔らかい風をイメージして、半透明のすりガラスにする加工を施しています。
沖縄の自然をテーマに『Ryu Kyu Iro』という名のアクセサリーをデザインするに至った理由は、沖縄の自然の美しさと土地に住む人々の自然への敬意を強く感じたからです。沖縄の発展に力を入れるゆいまーる沖縄さんが発信するプロダクトとして、これからも沖縄の土地と人を繋いでいけるようなアイテムになっていくといいなと思います。
Ryu Kyu Iro
http://eandb.utaki.co.jp/ryukyuiro/
Shizuka Tatsuno Studioは「長所を生かしていく、伝えていく、つなげていく」をテーマに活動をしています。弊社に相談に来られる方々の素敵なところを見つけ、それを生かせる提案を出すことがデザインの第一歩だと考えています。つくる人もやりがいを感じ、使う人も幸せにできる世の中を目指していて、地場産業のお仕事もその思想の中で注力しています。
それと同時に「世の中はモノにあふれているから、いたずらにモノをつくりたくない」という気持ちがコアにあります。しかし想いのあるものづくりには愛があり、それが世の中にたくさん溢れるならとても素敵なことだと思います。だからこそ「どうしてつくるのか?」という理由を常に突き詰めています。
もはや、美しさの部分にのみフォーカスしたことをデザインのプロジェクトとは考えていません。プロジェクトの「軸」を捉えて、バランスをとりながら設定した結果に結びつくように進めていくのが、最も難しいところですが、やりがいでもあります。
工芸には可能性が常に秘められているけれど、上手く伝わらないがために消えていってしまう技術もあります。それを上手くエンドユーザーの目にふれるところまで引き上げて、評価されるところまで持っていきたい、それを私はプロダクトデザインという手段を使ってやっています。とはいえ、工芸メーカーが初めてデザイナーと協業するときに、デザイン業務の配慮を超えた問題が必ず出てきます。それが工芸の仕事の難しさですね。安定的に製造できないケースや、つくっていた人が辞めちゃって続かないとか。そのため、最初のコミュニケーションにはとても気を遣っています。最初にお互いの意思疎通はしっかり固めますが、それでも何かしら問題が起ることもあるのですが(笑)。そういう時の乗り切り方の経験値はあると思います。
工芸に限らない事ですが、苦労してつくったアイテムがお客さまの手に届くまでの道のりが長く不安定というハードルがあります。良いお店には例外なくきちんとそのお店のコンセプトがあり、それにはまらない限りは、仮にバイヤーの方に個人的に気にいっていただいたとしても、買い付けていただくのは困難です。完成したものが目の前にあるのに、一般の方が実際に触れられないのはもったいないですよね。そうして自分から直接お客様まで届けられる場所があるといいなと、小さな店舗を持つことも考えるようになりました。
エンドユーザーの顔が見られるのはつくる側にとってはとても充実感があります。光栄なことにここ何年か、これまで私のデザインしたプロダクトを集めたポップアップイベントをしないかとお誘いいただく機会が何度かありました。そういう時は店頭に立つこともあって、初めてお会いする方に一所懸命つくったものを喜んでいただけると、嬉しくてたまらなくって。このような経験をすることは自分にとっても重要なことだと感じました。まだ店舗の物件探しも始められてないんですけど(笑)。デザイン業務が仕事の中心なのは変わらないのと、お店が自分たちの目の届く範囲にとどめておきたいので、あくまで1店舗だけ直接お客様まで届けられる場所をつくりたいなと考えています。
最後に、工芸に関わることのやりがいはどこにあるのか?改めて辰野さんに聞いてみました。
昔は大量生産の時代があって、いまだとAIの話があって、「2030年以降の世界はどうなっているか?」みたいな話が多いと思うのですが、私はどんどん変わるものを追っかけるよりは、どちらかというと2030年の後も変わらず続くような普遍的なものを探りたい気持ちが強いため、工芸に惹かれているのだと思います。大昔からいままで続いてきた、人が手でつくるものの価値や普遍性を探りながらものづくりに関わっていけるのは、クリエイターとして醍醐味に感じます。
これまでつくられてきた伝統的な工芸への否定はなく、絶対に変わらないといけないとも思っていないのですが、外部のデザイナーとして依頼されている場合は新しいなにかを求められていることがほとんどなので、前に進む要素を「渡す」ようなイメージで取り組んでいます。将来、例えば30年後に私が関わったものがどれだけ残るかわかりませんが、もちろん残っていてほしい気持ちはあるけれど、そこにはそんなに期待していなくて、それよりも次への「橋渡し」とするという気持ちですね。工芸の流れの中で私はその役割だと思っています。
工芸はやっぱりおもしろいですよ。ひとつ新しいアクションを起こすと、そこから何十通りと可能性が広がり発展していくきっかけをつくることもできるので。いろいろ前段階で考えて世に出したものが、狙ったエンドユーザーに響いていたと実感できたときや、つくり手の目標を達成できたときは、それはもう「やった!」ってうれしく思います(笑)。