公開日:2025/01/29
事業会社や地方自治体などさまざまな企業・団体で求められるようになった“デザイン”。本連載では、リーフレットやチラシ、パッケージのデザインだけでなく、経営からデザイン視点を取り入れる企業や、企業の文化を育てるチームまで、多種多様な場所で価値を発揮しているデザイン組織に迫ります。
連載第2回目は、倉庫業を中心に、保管、輸送などのサービスを提供する「寺田倉庫株式会社」。近年では、「余白創造」をコンセプトに、倉庫事業にとどまらず、まちづくりやブランディングなどの分野でもクリエイティブな視点で余白を活用し、事業の幅を広げています。
その幅広い活動を支えるインハウスデザイナーは、社内でどのように活躍しているのか。インハウスデザイナーとしてさまざま案件に携わる、プロパティマネジメントグループの桐田麻唯香さんにお話をうかがいました。
——寺田倉庫にデザインチームが設立されたのはいつからですか?
寺田倉庫のデザインチームは2013年に設立されました。弊社は、倉庫の空間を活用して新たな付加価値をつけ、お客さまに提供しています。倉庫空間や空間デザイン自体が寺田倉庫のブランドをつくる大切な要素のひとつなんです。
以前は外部デザイナーに依頼していましたが、2010年以降の天王洲エリア再開発を機に、デザイナーはブランディングやまちづくりを考える重要な位置付けであるため、もっと各事業に寄り添い、スピード感を持って対応できるようにと社内に設けられました。
——桐田さんが所属する部署は、現在どのような体制ですか?
私が所属しているプロパティマネジメントグループは、全員で9名です。デザイナーだけでなく、建築士、空調や水道、電気の専門家、進行や現場監督、それらを取りまとめるプロジェクトマネージャーといった専門家が集まったグループです。その中でデザインチームは私を含めて2名です。
——デザインチームとしての業務内容について教えてください。
倉庫物件を中心に、非日常的な空間デザインを提供しています。当社はお客さまの資産やアート作品などをお預かりする施設が多いので、空調・温湿度管理や、意匠・内装施工まで各専門家と協力し、普遍的な倉庫ではない特別な空間づくりを心がけて内装デザインをしています。各サービスや物件ごとに独自の世界観を持ち、扉が開いた瞬間から異なる体験を演出しています。
また倉庫にとどまらず、拠点となる天王洲エリア全体を魅力的にブランディングしていくことにも力を入れていて、散歩をしながら「新しい発見、出会いのある」まちづくりを目指しています。運河沿いのボードウォークや、ストリートでは一年中花が咲くランドスケープなど、デザインされていないようでデザインされている。そんなアノニマスなデザインを心がけています。
さらに、アート施設の運営事業や宅配型トランクルームなど幅広い事業内容の中で、アイデアを実現するために空間のイメージなどをビジュアルに起こして可視化していくお手伝いなどもしています。
——桐田さんは具体的にどんな仕事を担当されていますか?
余っているスペースをいかに有効活用するかを考えるのも私の仕事です。倉庫の空間デザインは、保管効率を高めるために、パズルのようにレイアウトを工夫して、限られた面積にうまくはめていくことが大切ですが、事業計画上どうしてもお客さまには提供できない未活用の空間が生まれてしまうこともあります。社内の物置となってしまっていた未活用空間をバーのような社内コミュニケーションスペースにするというアイデアを提案して実現しました。
そのほかには、「TERRADA ART STORAGE(美術品の保管庫)」の改修工事や保税施設「BONDED LOUNGE」の新設も担当しました。
——入社の理由や前職での経歴などを教えてください。
寺田倉庫に入社して4年目です。前職は、ディスプレイや内装の設計施工会社に勤務していました。建物図面に沿って現場に線を引く墨出しの作業をしたり、お客さまと打ち合わせしたり、図面を引いたり。現場での夜間作業も多かったです。
6〜7年でひと通りの仕事を経験したタイミングで、もう少し外の世界を見てみたくて1年間アイルランドで暮らしました。イギリスでの就職を考えていたのですが、コロナ禍で難しく帰国。
いままでと同じ仕事というよりは、モノだけでなくコトから創り上げているような会社で働いてみたいなと思っていたところ、寺田倉庫の求人を知り、応募したのがきっかけです。倉庫会社で何をやるんだろうって、ほとんどイメージがつかないまま飛び込みました。
——実際に入社してみていかがでしたか?
寺田倉庫は、「余白を創造する」会社なんです。コーポレートロゴの「」は、余白を意味しています。倉庫という空間はある意味余白なので、そこをどう埋めていくかということです。前職はクライアントの担当者が店舗開発部のプロだったので、テンポよくことが進んでいましたが、ここでは常にはじめてのことが多く、毎回試行錯誤しながら進めています。とにかくやることの幅が広いです。
また、仕事が一直線に流れていく感じではないところは、前職との違いを感じます。前職では始まりと終わりが大体予測できるのですが、ここではまったく見当がつかないですし、予想外のことが次々と起こります。いつどんなボールがどういう方向から投げられるかわからない。わからないことが多い状況の中、みんなで知恵を出し合いながら進めています。
——そこで必要なのはどんな力だと思いますか?
行動力や発想力を常に求められている気がします。余白を埋めていくためには、自分ごとにしていくことが大事だと感じています。そういう意味では、いまの環境は私には合っているなと思っています。
というのも、もともとスクラップ&ビルドが好きなわけではなく、あるものを生かしながら空間をつくっていく作業が好きなんです。学生時代に茶道を習っていたのですが、日本独特の何かを「見立てる」という考え方に近いと思います。
倉庫という空間はどんな場にも変化できるので、イベントでも展示でも、空間デザインとして自分でいろいろと見立てていく作業が多いんです。その空間の味を生かしつつ、内装に新鮮さや非日常感を加えていくという作業は、新しい何かをつくるというよりも何かを足していく、埋めていくことなのでとてもやりがいを感じています。
先輩からは、鳥の目線、人の目線、虫の目線を意識しながらデザインを進める視点が大切だと教えてもらい、デザインする際にいつも心に留めています。ただの倉庫にとどまらず、デザインとしてもおもしろく、実際に使う人がどう感じるかを考えながら進めるようにしています。
——インハウスデザイナーで働くことの魅力をどう捉えていますか?
インハウスデザイナーとして働く中で大きな魅力に感じていることは、プロジェクトの一員としてサービスが生まれる過程に深く関われることです。前職では、クライアントに納品して手を離れたら終わりでしたが、いまは企画段階から携わり、アイデア出しや設計変更など、さまざまなプロセスに関わることができます。
さらに、建物が完成した後も「もう少しオペレーションを考慮した方が効率的だったね」など本音で話しやすいですし、気軽にフィードバックを共有し合えます。そのおかげで、ノウハウが積み重ねられ、次のプロジェクトに生かすことで事業への貢献だけでなく自分自身の成長にも繋がっていると実感しています。プロジェクトが終わって思わぬタイミングで「良かったよ」と嬉しい言葉をかけてもらえることもあって、インハウスデザイナーで良かったと思えた瞬間でした。
また、外注だとどうしても効率や優先順位を考えて動くため、デザインが簡素化されてしまうこともあります。社内にいると事業を身近に感じますし、常に目の端にある環境なので、いつも良くする方法を考えて動けます。その点でもインハウスデザイナーの良さがあると思います。
寺田倉庫は戦後から残る古い建物も多く、解体して新しいものを建てた方が簡単で予算もかからないかもしれませんが、寺田倉庫がいままで築いてきた軌跡でもある建物を手間暇かけて改修して残しています。その手間暇に向き合えるのもインハウスデザイナーだからこそではないでしょうか。
——反対に、大変と感じることはありますか?
前職の内装設計施工会社では、建物が竣工したらバトンを渡すイメージで、そこからはクライアントが走っていくので手離れした感覚がありました。けれど、インハウスデザイナーは竣工後もずっと並走しないといけない。事業への責任も感じながら、並走していくのは少し大変ではあります。ただ、これは魅力とも言えることなので、外注もインハウスもどちらも良さがあるなと思っています。
——採用はどんな流れでおこなわれましたか?
採用はコロナ最盛期でした。面接はオンラインかなと思っていましたが、直接会いたいと言われ、ポートフォリオを事前に送って面接にうかがいました。
ポートフォリオに仕事の実績だけでなく、アイルランドで暮らしていたことや、茶道の精神を大事にしていることなどについても加えていたせいか、面接では私が何を大事にしているのかというところをすごく聞いてくださり、嬉しかったのを覚えています。寺田倉庫では、実績はもちろんですが、人となりや私自身が叶えたい思いを大事にしてくれているのかなと感じました。
——会社からはどんな人材を求められていると感じましたか?
面接では、「倉庫会社だけど、倉庫をつくるだけじゃないからね」と何度も言われました。その理由は入社してすぐわかりました。本当にいろいろなことをやっていかないといけないので、与えられた案件をこなしていくという働き方ではないということだったのだなと。私としても、同じことを繰り返していく日常から離れたかったので、その方がいいと伝えました。
あとは、これまでの技術や力量も大切ですが、自身のやりたいことと寺田倉庫がやりたいことがどれだけリンクしていけるのか、デザイナーという職種で自分がどういうことを叶えたいかというところに関してはすごく見ていたと思います。
倉庫だけ、オフィスだけではなく、既存の建物の改修など、あらゆる場面でどういうアプローチをしていけるかを常に考える必要があって、これまでの経験がそのまま生かせる人の方が少ないと思います。その中で会社のビジョンや、やりたいことと合っているかを重視して採用しているのかなと感じています。
——寺田倉庫のインハウスデザイナーとしての今後の展望を教えてください。
私は現在管理部門に所属していて、前職のようにノルマをクリアしたり、売上を考えたりするということはないですが、事業部門の売り上げによって自分の仕事が進められる部分もあるので、事業部の苦労に報いたいという気持ちも強いです。
もちろんコストを意識して効率的に進めていく必要はありますが、数字的なプレッシャーが少ない環境です。でももっと自分でもお金を生み出す立場になりたいという気持ちもあります。
先日、不動産事業部のクライアントからデザインをご依頼いただいた案件があって、すごくやりがいを感じたんです。不動産の価値向上にも繋げられて、我々も設計費としてお金をいただけて、win-winな関係で仕事ができたと思えました。今後の目標として、外部案件にも積極的に関わり、内製部隊ではなく、対外的にも仕事をもらえる部隊として成長したいと思っています。
また、寺田倉庫が関わっている天王洲のウォーターフロントエリアのまちづくりや活性化にももっと注力していけたらと考えています。日本では耐震などの規制が厳しいため、古い倉庫らしさを残しつつ、意匠と機能性の両立を目指すのは簡単ではありません。
それでも、その土地に合わせたデザインを大切にしたいと思っています。単に商業施設やファッションビルをつくるのではなく、あるものを大切に残していきながら、地域に根差した空間づくりをしていけたらと思っています。
学生時代、美術大学で建築を学び、その後、商業空間のデザインを手掛ける企業に新卒で入社。空間のコンセプト立案から内装デザイン、施工管理に至るまで、トータルなデザインアプローチで数多くのプロジェクトを手がける。現在は寺田倉庫にて、ハードウェアデザインの監修とともに、倉庫や各施設の空間におけるブランド価値の向上を目指したデザインディレクションを担当。機能性と、倉庫会社ならではの味わいを活かしたデザインを追求し、独自の空間づくりに挑戦している。